墓守と墓堀の場合2



墓守とライオン










「――疑わしきは罰せず」
 開いたエレベーターに先に乗り込んだルキーノの呟いた言葉に、ベルナルドは進みかけた足を止めた。
 振り返るルキーノが、薔薇色の目をほんの少し細める。
「乗らないのか?」
 これは、何かを検分する時の目つきだ。理解して、ベルナルドはエレベーターの中へ共に乗り込んだ。
 ルキーノの視線に晒されながら、狭い箱の壁に背をつける。どう答えたものかとエレベーターのドアが閉まるまでの時間、ベルナルドは黙り、そして、考え付く中で嘘のない言葉を選んで答えた。
「……CR:5の不利なようにはしないさ」
「そりゃ結構」
 短いやり取りで、一先ずはルキーノの視線もやわらいだ。ベルナルドの組への忠誠心はルキーノの知るところだ。そして、今は幹部が誰一人欠けてもCR:5はGDに負けることを、彼はよく知っていた。
 ギリギリの場所で戦っていることを、幹部はみな正しく理解している。こんな日々がどれだけ続くことかと思うと、ベルナルドはふと、笑いそうになった。続く緊張感に多少やられているのかもしれない。そんなことを考えていると、軽い下からの揺れと共に、エレベーターが止まる。
 箱から降りるために、壁から背を浮かせる。腹筋に力を込めて、真っ直ぐに立ち、――そして不意に躓くようによろめいた体をルキーノの腕一本が支えた。
 不快感に胸を押さえ、呻き声を喉で押しつぶすベルナルドに、ルキーノは無言だった。眉間に皺を深く刻み、微かに震える肩を眺める。
「…血は吐くなよ。吐いたら、あんたの胃にとどめを刺すスーツの請求書を回すぜ」
「っ…わかってるさ……」
 不快感を堪えながら呻くように返す。
「野良犬どもになめられる真似はしない」
「当たり前だ」
 ルキーノの言葉に、ベルナルドは、少し笑った。





 命が要ると言うのならば、この命くれてやろう。


 しかし、ああ、ジャン。
 どうせ滅ぶのなら、お前とが良かった。



















墓守と墓堀の場合












「貸せ!」

 俺に銃を向けた男が躊躇っているのを見て、ベルナルドが吼える。ぴったり俺へ向けて照準を合わせたその銃口は、ほんの二秒、迷っただろうか。

「オーケー、……ダーリン」

 ディア、マイダーリン。言うまでもねえだろうが、あんたは、背負うな。俺の命だとか、俺を殺したとか。あんたはヤクザだ。俺もヤクザだ、しかも裏切り者の。あんたが殺すのは裏切り者だ。それだけのハナシ。ああ、でも、ハハ、あんたの弟分のジャンカルロもまだあんたの中にいるみたい? だってさ、……泣きそうなカオ、すんなよう。欲が出るじゃねえか。愛してる、と最期に言いたくなっちまって、開いた俺の口は











「――死体はGDに渡さない。ラグを呼んでくれ。……傷を出来るだけ目立たなく……きれいにしてやってくれ、と」

 部下へ命じて、程なくラグトリフは俺の所へ来た。ジャンカルロの横たわるコンクリートの冷えた床、倉庫の隅に俺はひとりで座りこんでいた。

「よく来てくれたな、ラグ」
「あなたが呼んだのですよ、ベルナルド。仕事だと」

 ラグのいつも通りの声に俺は少しだけ笑う。

「That's it」

 死体の処置を、俺は知らない。知識外だ。ラグなら今のジャンをきれいに、傷みのないように扱ってくれるはずだった。ジャンをただの肉の扱いをしなければならないことがつらい。ただの裏切り者扱いをしなければならないことと、ただの肉扱いをしなければならないことは、天秤にかけるとどちらにもつらいと答えを出して来て、俺の判断を鈍らせる。
 俺の手には銃が、トリガーを引いた形のままでまだ残っていた。この人さし指一本さえなければ、まだジャンは、ただの裏切り者だった。ただの肉にはなっていなかった。
 ジャンだったものに、肉に、手袋をはめたラグトリフの手がそっと触れる。傷を確かめているようだった。体は擦り傷や浅い切り傷ばかりだ。大きな傷は、即死させるために頭に一発。痛いとも思わずに最期を迎えただろう。ジャンが最期に口にした言葉を、ダーリン、と言う俺への呼びかけで終わらせるために、俺は独占欲で引き金を引いた。頭を抱えたくなったが、抱えてもどうしようもないので、止めた。

「裏切り者には制裁を、と言うのがあなたがたの流儀かと思ってました」
「裏切り者はもう始末した。これはただの死体だ」
「その通り」

 頷いたラグは、請求書は後日、と残し、ジャンの体を抱き上げる。

「朝が来る前にダウンタウンに部屋を一つ用意します。ジャンカルロさんの亡骸はそちらへ。後は、あなたのお好きに。ああ、口止めは不要です。僕は、死体をひとつきれいにする仕事をいただいただけ。それ以外は、何もない。――他人名義の墓は?」
「頼む」
「かしこまりました」

 足音もせずに歩み去るラグを、俺は振り返りもせず、俯き、そして呟いた。

「恩に着るよ」

 笑うような息が背後から聞こえて、気配が消える。
 一人きりの冷たいコンクリートの上で、俺は、泣くことを自分に許せないでいた。

 ジャン。お前はこれで、俺のものだ。
 しかし俺は、こんなことを望んでなどいなかった。