隠れ家を変えようと思う、とベルナルドから聞いたのは一ヶ月前のことだった。
「前の場所は老朽化が、そろそろまずいレベルでね。銀行通りに近いところに新築のマンションがあって、そこが候補だよ。間取りの図面がこれで……」
「いんじゃねえの?」
「お前の好みもあるだろう?」
間取り図の描いてあるらしい巻いた紙を広げようとしたベルナルドに、俺は片手をひらりと振って応じる。
「あんたが住んだらあんたの家になるし、俺はそれでジューブン」
その時は一気にやに下がったベルナルドに抱きしめられて、その後はもう以下略するしかねえ展開ってわけで。
その一ヶ月後、ぴかぴかの新築マンションの一室に俺とベルナルドはいた。相変わらずやに下がったこのエロオヤジは、新築の、木の匂いのする部屋の中、新しい家具を見回して、笑顔でこうのたまう。
「ハニー、まるで新婚みたいだ――」
「ダーリン、言うと思ったわ」
とりあえず黙れ、とベルナルドの口に、途中で買って来たサンドイッチを押し込む。むぐ、と言葉の続きと一緒にサンドイッチを咀嚼したベルナルドは、やっぱりやに下がったまま、俺の腰を抱いて、……ああ、以下略……。
駄目だこのオヤジ――と思いながら、ベッドの上で「だめ」と出した俺の声に更に調子に乗ったダメオヤジは、俺が殆ど意識を飛ばすようにして眠りに落ちる前、おやすみ、と囁いて俺の口にそっとキスを落とした。散々唾液の味も覚えそうなキスをしたくせに、やけに優しいおやすみのキス。
その次に気づくと、部屋は明るくなっていた。朝までぐっすりだったらしい。唇には、優しく触れる、煙草とコーヒー味のキスがある。
「……ベルナルド?」
「おはよう、ハニー。……ちょっと呼び出しがかかってね、昼までには戻るよ」
「ン……大丈夫なのけ?」
「ああ、問題ない。お前はゆっくり休んでてくれ。すぐに戻るよ」
ベルナルドの声は穏やかで、緊張がない。たいしたことではないのだろう。上半身を起こして大欠伸する俺の髪に、キスまで落とす余裕がある。
「行ってらっしゃい、ダーリン」
ベルナルドのネクタイを軽く引っ張って屈んでもらい、口と口のキスにする。少し崩れたタイの結び目を直しながら、間近のベルナルドの目は優しく笑っていた。
「本当はこのままベッドに戻りたいんだが」
「ハイハイ、俺は一日中ベッドにいるつもりだから、お仕事頑張って来いよダーリン?」
行って来るよ、と鼻先にキスが来た。部屋を出て行くベルナルドを見送って、俺は二度寝すべく、また欠伸をして……気づいた。
おやすみのキスとおはようのキス、行ってらっしゃいのキス、行ってきますのキス。
「――ワオ、新婚かっつーの」
頭を抱えながら思わず呟いた声を、この場にベルナルドがいなくて聞かれていなかったことは幸いだ。熱くなった耳を見られなかったことも。
2010.05.11.