体が疲れていることは確かだ。
眼球は休息を欲しがり、手足は眠りを求めて重い。それでいて頭だけはやけに冴えているのだ。
ベッドに入る寸前まで書類に目を通していたのは失敗した。脳内に見ていた様々な数字が踊り、意識をシャットダウンさせてくれない。ベルナルドが渋々瞼を開くと、――薄明かりの中、ジャンの顔があった。
「なんだ、あんた起きてたのけ」
「いや――起きてたはず、……寝ていたかもな、お前が入って来たのに気付かなかった」
「じゃあ寝てたんデショ? ダーリン」
まだ一緒に眠ることに照れが残るのか、空いていたスペースに子供のように身を投げてベッドに潜り込んで来るジャンを抱き寄せ、額にキスをすると、頭の中を巡っていた数字がどこかへきれいにしまい込まれる。
「困ったことに、ハニーがいないと眠れない」
「ハイハイ、ボクは嘘つきだこと」
「残念だが今夜は本当だ。どうも眠れなくてな」
「ンー、じゃあ、羊を数えてやろっか? ガキの頃、たまーにシスターがやってくれたやつ」
シープ、と呼吸音に近い単語がジャンの口から零れ出す。
リズムのある声は、続くとまるで子守唄だ。
「お前の声を聞きながら眠るのもステキだな」
目を閉じながら囁くと、数えるジャンの歌声が微かな笑いで震える。
音の高低を追い、ジャンの声だけに耳をすませていると、やがて脳の中の強張っていた場所が溶けていくようで、ベルナルドはゆるやかな眠りに落ちて行く。
ジャンが傍にいて、共に呼吸をし、眠りに落ちる。
その幸福を、ベルナルドは眠りに落ちる寸前、ぎこちなく胸に染み入らせた。
「……もう寝ちまった……気持ちよさそーな顔しやがって……なあ、ベルナルド。ナスターシャにも、子守唄なんか歌って貰ったのか? ……ああ、もう聞こえてねえよな、ハハ……」
2010.05.15.