恋人よわれにかえれ







 ベッドで目が覚めたら、俺の横に寝ていたライオンがキティになっていました。ワオ。

「……ワーオ」

 ワオ、としか言いようのない事態に、俺はそれしか呟けない。
 いつもはでっかい体が横に寝そべっていて、でっかい手のひらが俺の頬や髪はそりゃもういろんなところを撫でてるモンだが、今日は、横で子供がすやすやと眠っていた。
 白いすべすべとした頬。長めの赤毛は癖が強い……綺麗に巻いた巻き毛。
 どうにも見覚えのあるキティの顔を俺がまじまじと見つめていると、視線が強すぎたのか、ん、と子供はむすがるような声を上げて、目を覚ました。薔薇色の、よく見覚えのある色の目が俺を映す。

「どうした、ジャン、早いな……」

 俺の方へ伸びて来た白くてちっこい手。それはその子供の――おそらく、ルキーノ――の視界にも入ったんだろう。そして何より、いつものライオンの台詞が、高い子供の声で放たれている。
 薔薇色の目が俺に向いたまま、大きく見開かれた。
 今のルキーノは俺を見ていない。俺の目に映った自分の顔を見ている。

「超ルキーノに似てる。すげえ堂々とした隠し子だな、ドングレゴレッティは」

「カヴォロ、ふざけてる場合か!」

 いやふざけてませんけどね、半分くらいしか。俺の呑気な台詞に、ルキーノは驚きから一気に呆れ果てたツラになって飛び起きた。呆れてる辺り、隠し子じゃないらしい。そんじゃ、何のマジック? 夢?

「ファック、……くそ、何だこれは」

 高い子供の声がルキーノの言葉を放つ壮絶な違和感。本人の方がきっと、違和感を覚えているだろう。喋るたびにぞわぞわと寒気でもするのか、身震いしている。
 ベッドにあぐらを掻いて座り込み、マンマミーア、と額を押さえて嘆いたルキーノの前に、俺もあぐらを掻いて座った。長い睫が、苦悩に満ちた薔薇色の目を縁取っている。たいそう可愛い仔猫ちゃんっぷりに見惚れている俺の頭を、小さい手がぺちんとはたいた。

「そんな目で見るな、カヴォロ」
「や、あんた、可愛かったんだなーマジで」
「……ジャン、何だその余裕は。元に戻らなかったらどうする。流石にこれじゃお前を抱くことも出来ん」
「そこ直結かよ……」

 半分呆れ、半分感心し、……いや、正直、呆れと感心で全てじゃない。そこに、多少の嬉しさも含まれていた。俺と恋人であることが、重要だってことだろ?

「ま、いいさ。二十年くらいしたら、元通りに成長すんじゃねえ?」
「おい、二十年も干上がる気か?」
「禁欲生活ってストイックな響きだよなー」

 あっさりと呑気な声で言うと、本気で慌てて俺に詰め寄ってくるルキーノがちょっと可笑しい。時々、この男は俺に対してバカだ。そんなことが最近、わかって来た。

「ジャン。お前、自分がどんな立場かわかってねえだろう。俺仕切りの店でも、お前に熱上げてるレディがどれだけいるか――」
「安心しろっての。二十年だろうが三十年だろうが、ピッチピチども相手だろうが、浮気する気なんか起こるかよ。アンタも結構バカだな、ドングレゴレッティ? ルキーノ、アンタがおっきくなるまで待つ、っつってんの。オーケー?」
「――いいや」

 丁寧に説明してやると、慌てていたかわいこちゃんの面構えが、あっという間にいつものルキーノのようにいやらしく――王者のように魅力的に歪んで微笑むのを、俺は見た。……ったく、切り替わりの早い。
 
「もっとはっきり言ってみろ、ジャン」

 子供の声にいつものように迫られるのは、とんだコメディだ。
 奇妙な状況に俺の顔はちょっとだけ笑って、だが、目はルキーノの薔薇色の目を覗き込んで、
 
「俺には、アンタだけだ。ルキ――」







「いい加減起きろ、ジャン」

 ――全てを言い終わる前に俺は目を覚ました。
 横にはでっかいライオンが寝そべり、でっかい手のひらが俺の頬を撫で擦って起こそうとしている。起こされた俺の口の中には、言い損ねた甘ったるい言葉が残っている。

「……あー、すっげえ疲れた。寝る」
「おい、ジャン? 今起きたばっかりだろうが!」
「寝るったら寝る! 俺の一世一代の告白を返せ、マジ返せ!」
「はあ?」













2010.05.08.